歩く地図帳にだってなれた、そう、iPhoneがなければね。
東京に行ってきました。
僕は宮城県民ですから、東京に行こうと思ったらそこそこの時間とお金を掛けて行くことになります。
だから東京という地は気さくでも気軽でもなく、あんまり行ったことがないというのが実際のところです。
昨日は池袋に行ってきました。
池袋は、僕の記憶では確か行ったことがない街です(もしかしたら中学の修学旅行で行ってるかもしれないけれど、行く先を班員に丸投げしてしまったので覚えてない)。
行ったことがない街は緊張します。
道行く人の動向の傾向を知らないし、どんなお店があるのかもわからないし、雰囲気も知らないし、そもそも道もわからない。
目的地は一体どっちの方角だろうか。
でも大丈夫。
そんなときは、今は簡単にGPS機能を駆使しながら道を調べることができます。
そう、iPhoneならね(に限らない)。
こうやって媒体をかざすだけで、今自分がどこにいて、どっちを向いているのかもわかっちゃう。
こんなに便利な機械があっていいものか、いいんだろうな。
でも僕なんかは地図が好きなので、一回見ただけで大体その街を把握する能力があったりします。
昨日なんかも、一回位置付けを見て、大体の街の構造を把握して、目的地に向かっていったってもんです。
こういうのが苦手な人ってたくさんいると思う、というか、地図が得意みたいな人にあんまり出会ったことがありません。
ともすると、この能力は少しばかり特別なものなのではないか?という期待を持てます(少しなのか特別なのか)。
でも悲しいかな、その代わりに街の名前を覚えるのが絶望的に苦手なので、道はわかっているけれど、君が行きたい街(町)がはてどの街のことを差しているのかがわからない、なんてことはあるでしょうね。
でも大丈夫、そう、iPhoneならね。
でもiPhoneがあれば、君にとってナビゲーターとしての僕もいらない。
つまるところ宝の持ち腐れ。
生きる時代さえ違えば僕は歩く地図帳だったわけですが、僕の仕事の機会はこの便利な機械に取られたと言っても過言ではない。
すでに機械は僕達の仕事を奪っているということなのかもしれない、そうだ、インターネットをぶっ壊そう!(爆)
代わりにインターネット上の仕事が全部ぶっ壊れるので、その仕事を奪ったのは僕ということで世界からバッシングを受けることになる。
でも大丈夫、その世界線ではインターネットがないので、世界の声は僕まで届かない。
届かない声はないものと同じである。
聞こえる声は耳が痛い。
心も痛ければ、頭も痛い。
果たして聞こえる量は多い方がいいのか、少ない方がいいのか。
そんな便利だけど不便なインターネットさん。
今日もその環境を活用して僕はブログを書いています。
こういうのをツンデレって言うんでしょうね(多分違う)。
おしまい