おばあちゃんが呼吸する

1.おばあちゃんが持ってくる

うちのおばあちゃんは目に入れても痛くないであろう孫に、いろいろな物を与えようとしてくれます。

 

「あんた、せんべい食べる?」「コーヒー飲む?」「みかん食べる?」

 

基本的に欲しているものであったらばそれはありがたく頂戴するものでありますが、それがいらないときももちろんあります。

そういうときは「いいや」「いらないよ」などなどとかつては言っていました。

 

それを聞いたおばあちゃんも 「あ、そう?」 みたいな感じで一旦自室に引っ込みます。

しかし数分後にまた部屋を訪ねてきます。

 

「えっへっへ、ほらせんべい」

 

いや、いらないんだってば。

という気持ちを完全に押し殺し「ありがとう」と言ってもらってしまう僕は、果たして世界一優しい孫であるのか、それとも世界一罪深い孫であるのか。

それは解釈によるところかと思いますが、いや、いらないんだってば。

 

いらないものを貰ってもいらないものはいらないのである。

貰っても困るのである。

 

母はそんなおばあちゃんをこんな風に解釈していました。

 

「おばあちゃんは人が「いらない」って言うのを遠慮だと思ってるんだよ」

 

なるほど。

それを聞いてぼくは、いらない場合はいらない理由を述べるようにしました。

 

「あんたせんべい食べる?」

「んーさっきご飯食べたばっかりだからいいや、大丈夫、ありがとう」

 

ちょっと悩むのがポイント。

んー大変ありがたい話ではあるんだけれどもーいやーちょっと今はいらないなーうんーお腹一杯だよー大丈夫ーありがとうみたいなノリで。

 

これが効果覿面である。

それからは(断れば)持ってくることはなくなりました。

 

ただ代わりに、確認せずに持ってくるようになりましたね。

 

「えっへっへ、はいせんべい」

 

いや、いらないんだってば。

 

 

2.おばあちゃんが呼吸する

これはまだぼくが小学生のときの話ですが、家族でご飯を食べ終わると、おばあちゃんが洗い物をしてくれることがありました。

それはそれで母としてはありがたいことではあったと思うのですが、おばあちゃんは洗い物をするとき「スーーーーーーーーー」と息を吐く癖がありました。

 

サウンド的には「s」。

「ス」ではなく「s」。

母音はなく、子音のみ。

 

それが奇妙であるからか、母はあまり快く思っていなかったらしく、何度か「なぜ息を吐くのか」と問いただしていました。

しかし、おばあちゃん自身にもそれがよくわからない。

 

「不思議と吐きたくなる」

 

と彼女は言います。

 

それからいつしか母はおばあちゃんに「洗い物をしなくていい」と言うようになりました。

嫁と姑って難しい。

 

ただ、これはぼくがずっと大人になってから発覚することなのですが、東北の北の方だかでは、うちのおばあちゃんと同じように息を吐く習慣があるらしい。

調べても全然出てこないので詳しくは説明できないのですが、特に寒い時期に洗い物をしてるときとかに「スーーーーー」ってやるらしい。

おばあちゃんはどこかでその習慣を受け継いでいたのでした。

やっぱり文化って面白い。

 

ちなみに僕は受け継いでいない。

 

 

3.おばあちゃんがやってくる

実家に帰るとおばあちゃんは愛する可愛い孫の、その愛する可愛い足音を聞きつけて、ここぞとばかりに送迎を頼んできます。

 

「えっへっへ、あんた今日休み?」

 

この一連の流れが怖い。

 

部屋でくつろいでいると、おばあちゃんの部屋の引き戸が開く音がします。

 

スーーー(息じゃないよ)

 

そしてスリッパを引きずる足音が聞こえてきます。

 

ズッ

 

ズッ

 

ズッ

 

その音はゆっくりと部屋に近付いてきて、扉の前で止まります。

 

……(ゴクリ)

 

そして少し間を置いた後、鳴り響く。

 

コンコン

 

 

 

うわああああああああ

 

 

 

とは言わないんですが、頼み事という名の足音が徐々に忍び寄るあの感じ。

引き戸が開く音がした時点で「ギクリ」とするあの感じ。

体験してもらわないときっとわからない怖さがあるので、ぜひ体験してほしい。

 

2階にいる場合も怖い。

階段を上ってくる音が怖い。

 

トン

 

トン

 

トン

 

一歩一歩ゆっくり、しかし確かな足取りで上り近付いてくるその感じは、まるで『パラノーマル・アクティビティ』というホラー映画を彷彿とさせます。

もちろんおばあちゃんは生きているし、悪魔の類でもない。

 

 

4.おばあちゃんが喋ってる

おばあちゃんは会話の途中で部屋を出ることがあります。

そして扉の向こうでも一人で何やら喋り、喋りながら自室に戻っていくのでした。

どこのおばあちゃんも一緒でしょうか。

 

これがうちのおばあちゃん。

もう、おばあちゃんったらおばあちゃん。

どうしておばあちゃんはそんなにおばあちゃんなんだい。

 

おしまい