空手をやっていた兄に骨を折られたときの話
僕には2人の兄がいます。
長男が僕の3つ上で、次男が1つ上。
男三兄弟の息子を持った母は、よく奥様方に「兄弟でケンカなんかした日には殴り合いとか凄いのではないか」という心配の声を受けるらしいですが、何をするにも男三兄弟で過ごしてきた僕達は、酷く争うこともなく、元気に(割と)仲良くすくすくと育ちました。
いや、一度だけ上の2人が大ケンカして、長男が怒りのあまり壁をぶち抜いたことがありましたが、僕達弟に直接手を上げることは一度としてなかったように記憶しています。
優しき兄である。
しかし僕はその兄に指の骨を折られたことがある。
あれは小学5年生だったか6年生だったか。
記憶違いでなければ、どちらかの夏休みの出来事でした。
あの頃僕達兄弟はよく闘いごっこをしていました。
それはどのようにして始まるものであったか、もはや定かではありませんが、恐らくは誰かが誰かにちょっかいを出しておっぱじまる小競り合いのようなものだったと思います。
パンチだのキックだの繰り出し合って、別に決着がつくというものでもなく、犬同士がじゃれあうようなものだと思ってもらえばいいでしょう。
そうやって暇を潰していたのです。
ただ、特筆すべきことは、長男が空手をやっていたことでしょうか。
そして彼は黒帯だったことも言っておかねばならないし、なんなら全国大会にも出場経験があることも忘れてはならない。
そんな彼と闘いごっこをするというのはなかなかに無謀なことではあるけれど、当時はそれを意識することはありませんでした。
それは彼が普段しっかり手を抜いて相手してくれていたからに他なりません。
しかしあの日はうっかり力が入ってしまったか。
いや、自分のせいでもあるんだが。
ある日、いつものようにどっちかがちょっかいを出して始まった闘いごっこの最中、彼はおもむろにキックを繰り出してきました。
すかさず僕も応戦します。
彼の右足によるキックを、僕は左手で止めに入ったのです。
こんなやり取りはいつものことだったのだけれど、勢いと勢いが衝突したそのときです。
ポキンッ
という綺麗な音が鳴りました。
チューペットだのチューチューだのポッキンだの呼ばれてたあの棒状のアイスを折ったような音をイメージしてもらえればその通りだと思います。
綺麗だが、およそ人体から発せられたものとは思えないほどのけたたましい音が鳴り響き、闘いは中断。
左手の中指が全く動かない。
これは折れているかもしれない。
などと2人で観察していると、僕の左手はみるみるうちにアンパンのようにパンパンに膨れてきました。
僕はその痛みに泣くことはしなかったけれど、自分の身に起きた非日常的な出来事に対する不安に半べそをかき、買い物から帰ってきた母に病院に連れて行かれ、診断を受けます。
「骨がねじれて折れています」
どうにも絶妙な角度で力が加わったようで、その骨のねじれた箇所は手のひらの中心。
つまり、どうぞ読むのを止めて手を広げて手の甲を見ていただきたい、中指のそれです(中手骨)。
僕の伸ばした中指に、兄の黒帯キックが垂直にぶつかり、衝撃は中にまで伝わり、結果ねじれて折れた、というわけです。
衝撃って凄い。
さて、折れたとなったらギプスです。
しかし僕が折ったのは手の中心。
中心だけを固定することはできないので、結局中指以外の指も一緒になってギプスを巻かれることになりました。
こんな風に。
その間の思い出と言えば、父にギプスに「MASASHI」と落書きされたことや、夏真っ只中だったので暑くて熱くてギプスの中が蒸れて滅茶苦茶痒くってペーパーナイフを差し込んでかいてたことや、当時エレクトーンを弾くのにハマってたので数センチ出た指先で弾いていたら治りが遅かったことなどがあります。
友達と遊んだ思い出はないので、恐らくはギプスが恥ずかしくって誰とも遊ばなかったのだと思います。
せっかくの夏休みが勿体無いですね。
夏休みの間に折れて、夏休みの間にギプスを外したのでした。
ところでギプスの外し方ってご存知でしょうか。
なんだか電動のこぎりみたいなのでウイーンって切っていくのだけれども、僕のギプスを切ってくれた女の人は見るからに初心者で、子供ながらに「大丈夫かな」と思ったものでした。
非常に緊張した面持ちで切っていくので、その緊張が僕にも伝わる。
2人で息を止めるような時間がしばし流れ、無事にギプスが外れたときは二人で一緒に安堵しました。
僕より彼女の方がホッとしていたかもしれません。
先にも書きましたが、レントゲンの結果、治り切ってないということで簡易的な固定具を改めて付けられましたが、これで晴れて僕の左手は自由の身です。
その日、僕は夏祭りに行きました。
多分そこで久しぶりに友達に会ったんじゃないかな。
僕は楽しんでいたらいいなーと思います。
おしまい