今日一日を一生懸命楽しめたらば御の字です
「一生懸命」というと、どこか歯を食いしばりながら必死の形相で物事に取り組む姿を想像するかもしれませんが、そうとも限りません。
例えば、こういう話でよく引き合いに出すのですが、さかなクンさんを想像してみると、どうやら彼は必死の形相はしていないようだ、ということは誰にでもわかると思います。
でも誰よりも魚を愛していて、魚に関することならなんでも興味を持っていて、なんでも調べている(のだと思う)。
一般的な「一生懸命」のニュアンスとは違うのかもしれないけれど、でも彼は自分のやりたいことをやっぱり一生懸命やっていると言えるのだと思います。
僕の話をしましょう。
僕は小学生の時にゲームが大好きで、ゲームの音楽なんかにも大変興味を持っていました。
家族でレンタルショップなるところに行こうものなら、兄等が歌物をあれやこれやと物色している間に、僕は一人ゲームミュージックコーナーに行ってお目当てのゲームのサントラはないかとCDを漁っていました。
ゲームが好きだからゲーム音楽が好きだったのか、それとも生まれつきゲーム音楽的な音楽が好きだったのかは今となっては定かではありませんが、とにかくまあそれくらい興味を持っていたわけです。
そんなある日、学校に行くと一つ上の学年の教室からゲーム音楽のメロディが奏でられているのが聴こえてきました。
誰かが教室のオルガンを弾いている音です。
その音楽は僕もよく知っている音楽だったので、僕はとても興奮し、自分も弾いてみたいと強く思いました。
ピアノの経験はない。
せいぜいリコーダーがちょっと得意だったくらいである。
それでも僕は、母に楽器屋さんに連れて行ってもらい、お目当てのゲームのピアノ楽譜を、なけなしのお小遣いはたいて買いました。
家にピアノはなかったけれど、母が若い頃に弾いていたという古めかしいエレクトーンがあったので、一応弾くことはできたのでした。
それからはもう我ながら取りつかれたようにエレクトーンを弾いていたように記憶しています。
楽譜の読み方はよくわからなかったから、母に聞いたりして覚えていったし、ドレミファソラシドの位置もはっきりとはわからなかったけど、「この線のこの音符は鍵盤のここ」という風に覚えて弾いていました。
エレクトーンは何故だか我が家の廊下、しかもトイレの前にあったものですから、夏は暑いし、冬は寒いし、そしてちょっとなんか臭う。
夏は扇風機を置いて弾いてたし、冬はぶくぶく着込んで弾いてた時もあったし、母に許可を得てストーブを使って弾いてた時もありました。
夜は9時になったら床に就くのが僕ん家の子供の暗黙のルールでしたが、9時から弾こうとして兄に嫌味を言われたこともありました。
兄と戦いごっこをしているときに、左手の甲の骨を折ったときは、手のひら全体をギプスで固定されているにも関わらず、ちょこっと出ていた指先を使ってそれでも弾いていました。
母にはよく「治りが悪くなる」と言って止められていましたが、お構いなしでした(なお本当に予定より治りが遅かった模様)。
要するに、どんな障害があろうとも、僕のエレクトーン熱が冷めることはなかったのです。
暑くたって寒くたって臭くたって痛くたって、僕は弾くことを止めなかったのです。
じゃあそれが必死だったかしら?というと、きっとそうではない。
僕はただひたすら弾くのが楽しくって、その思いに身を任せていただけなのです。
でも一生懸命だったとも思います。
時には難しい曲もあって、全然弾けないこともある。
そうしたらどうしたって練習が必要です。
でもそれが別に苦ではない。
それも含めて全部が楽しい。
ともすると、つまり僕は、一生懸命楽しんでたんだと思います。
さかなクンさんだって、一生懸命楽しんでるんだと思います。
そういうような対象って、誰にでも何か一つくらいはあるんじゃないのかな。
だから、前回「一生懸命今日を生きる」みたいなことを書いたけれど、ややもすると「歯食いしばって頑張れよ」みたいな風に聞こえたかもしれません。
でもそうではなくて、
「一生懸命楽しめることに没頭できたら、その日は御の字としようや」
ということが言いたかったのです。
惰性でだらっと楽しむようなことに時間を割くのではなく、能動的な一生懸命さが伴った自分だけの楽しみに興じられたら良いのではないでしょうか。
そしてそれがきっと積み重なる、というのが前回の話でした。
僕なら、結果エレクトーンが上手くなる、とかね。
「上手くなるからなんなのさ」なんて卑屈に思う人もいるかもしれないけれど、そんなこと言ったら「なんで人間は生きてるのさ」っていう問いに立ち返ってくるので、ここでは気にしないことにします。
上手くなったら楽しいじゃん?
そしたらそれでいいじゃん?
そういう楽しいがいっぱいあったら、おおむね人生全体も楽しいものになるのではないでしょうか。
少なくとも僕はそんな風に思います。
おしまい